ぐりぐりと頭を撫でてからゆっくり手を離し、キナコに背を向ける。

俺が壁にめり込んでいくとこ見たら驚くかな? つーかむしろ不気味?

それならいっそ玄関から出ていこうか、などとどうでもいいことで悩んでいると、キナコが急に声を張り上げて言った。


「ルカ! ……来てくれて、ありがとう。……またね。おやすみ」


振り返ると、はにかんで手を振るキナコがそこにいて。

きゅ、と胸が締め付けられて、俺も一応手を振り返したけど、うまく笑えなかった気がした。


(ありがとう。またね。おやすみ……か)


持田遥のままでは掛けられることのなかった、あたたかい言葉たち。

それらはじんわりと胸に沁みて、心に積もった雪を少し解かしたけど、俺は気づかないふりをした。


(この喜びを、彼女に対する愛しさを。永遠のものにしたいって思うのは、悪いことじゃないはずだ)


自分にそんな暗示をかけながら、キナコのもとを去った俺。


けれど外に出てもなかなか家の前から立ち去れなくて、キナコが眠って気配が静かになるまで、俺はその場を動かなかった。