「私、は……わからない、の」
ふい、と目をそらして、台所の床に視線を落とすキナコ。
「わからない……?」
「うん……。好き、って、どういう気持ちだっけって。なんか、わからなくなってて……」
自分の気持ちを説明しようと、キナコは一生懸命に言葉を探しているようだった。
しばらく悩んでから、自信なさげに小さく唇を動かす。
「ルカのこと……喜ばせたい、笑顔にしてあげたいって、思う気持ちと……。やっぱり、私、葉村くんのこと、助けたいって気持ちも、ずっとあって」
(……出たな、葉村理久)
ぴくりと眉だけを動かし、けれど胸の中にはどす黒い感情が渦巻く。
それは、キナコの心を半分取られていることへの嫉妬と、もうひとつ。
俺と違って、紛れもなく“生きている”ことへの嫉妬――。
「……葉村くんね、二学期始まってから急に様子がおかしくなったの。だから私、夏休みに何かあったんじゃないかって思ってて……」
真剣に訴えるキナコに対して、俺の心は冷えてゆくばかりだった。
(……ねえキナコ。なんで、それを俺に相談するの?)
胸の中に降り積もっていくのは、冷たくて重い雪。
それは無表情に真っ白で、俺の中にかすかに残っている良心を覆い隠してしまう。