早苗が一方的にまくしたてると、葉村くんは黙り込んでしまった。

ふたりのやり取りの内容が呑み込めないまま呆然としていると、やがて早苗が私を立ち上がらせて、葉村くんの足元にこの部屋の鍵を放った。


「……職員室に返しといて」


冷たく言った早苗に肩を抱かれて、私たちは葉村くんをその場に残して廊下に出た。

教室に向かう途中、早苗はいまだに怒った顔のままで、私は彼女に問いかける。


「早苗……どうして、あんなことを?」

「菜子はお人好しだから気づかないかもしれないけどさー、アイツがいじめられるようになった原因って、完全にアイツの態度が原因じゃん。もちろん、だからいじめていいなんて思ってないよ? でも、アイツの言うその“事情”ってやつを説明されないままで、今まで仲良かった人たちまで無視するのはアイツも悪いじゃん?」


なんとも早苗らしい見解だ。確かに、ある日突然理由もわからず、友達だと思っていた相手に無視されるようになったら、戸惑うだろうし、傷つきもするだろう。

その点では、葉村くんにも非があるのかもしれない。

でも……葉村くんだって言いたくても言えない。そんな事情なのかもしれない。


「葉村くんの態度が変わったのは、二学期からだったよね……夏休み中に何かあったのかな」

「さぁね。……ていうかもうアイツのこと考えると腹立つからさ、話変えよ! というわけで、菜子。放課後バレンタインの買い出し行くよ!」

「え」


(それはまた急な……。でも、早苗は中山くんにあげるんだもんね。きっと気合入ってるんだろうなぁ。私は……)


そのとき、ふっと頭に浮かんだのは、綺麗でどこかはかなげなルカの笑顔。

ルカは、こっちの世界にいないとき、どこで何をしているんだろう。


(会いたいな……)


無意識にそう思い廊下の窓に目から空を見るけれど、私の気持ちひとつで天候が変わるわけもない。

相変わらず晴れ渡る空には雲ひとつなく、澄んだ水色をどこまでも広げていた。