(……仕方ない。教えてやるか)


彼女はすでに帰ってしまっていたけれど、俺は前方の空席を指さして言う。


「いつもそこに座る、北高の女子がさ、ノートに超面白い絵をかいてるのが見えた」

「面白い絵って?」

「アイアムピジョンハート」

「は?」


山野はしばらく固まって日本語の意味を考えているみたいだったけど、やがて答えにたどり着いたらしく、ブフッ、と吹き出しながらこう語る。


「あー、わかった。英語の須藤な。でもお前それなんか文法おかしくね? どこがおかしいかって言われると俺も英語苦手だからわかんねーんだけど」

「俺もおかしいことはわかってる。でも面白いからよくない?」

「まーな。ちなみにその女子って可愛いの? 名前は?」


俺ほどアイアムピジョンハートにツボらなかったらしい山野が、興味津々でそんなことを聞いてくる。

でもいつも俺が見ているのは後姿だけだから、肩下まである長い黒髪のことくらいしかわからない。
もちろん名前も知らない。


「それはわからない」

「なんだよ、つまんねーな。でも恋の予感はアリ的な?」


(……何言ってんだ、こいつ)