(あ……そっか。“ありがとう”の気持ち、聴こえたんだ)


言わなくても伝わったことにほっとしながら、でもなんだか心の別の部分ではモヤモヤしていた。

ルカはちょっと特殊な能力があるから気持ちを汲んでくれるけど、それってほかの人には通用しないし、今の“ありがとう”だって、本当は口に出さなきゃいけないことだよね……。


「ルカ!」


改札へ続く階段を、先に上り始めていた背中に声をかける。

振り向いたルカと目が合うと、また喉の奥がぎゅっと狭まって、怖気づいてしまいそうになるけど、大きく息を吸い込んで、はっきり声に出す。


「……ありがとう。電車のなかで、壁になってくれたこと」


ルカにとっては、二重にお礼を言われたようで意味不明かもしれない。でも、“思うこと”と“口に出すこと”って、全然違う。

当たり前のことだけれど、自分の中で改めてそう思うことで、心の中に今までと違う風が吹いた気がした。

神妙な面持ちでルカを見つめていると、気持ちを読んだ時よりずっとうれしそうな笑顔のルカがこう告げる。


「いいえ。俺は、キナコのためならなんでもするから」


そうして軽い足取りで階段を上がっていくルカを追いかけられず、私は心臓のあたりをきゅっとおさえて立ち尽くす。


(ルカには、ドキドキの音まで、聴こえない、よね……?)


苦しいような痛いような、不思議な感覚にとらわれて、私はしばらくその場を動けなかった。