スノウ・ファントム



葉村くんは手紙を持つ手を震わせながら、浴室のなかにふらふらと進む。濡れた床がぴちゃ、と音を立てる。


「そんな、勝手、に……っ」


出しっぱなしの冷たいシャワーが、頭上から降り注ぐ。

目の前には、深く切りつけた手首を浴槽の水につけ、人形のように動かなくなってしまったお姉さん。

確かに瞳に映るその光景を、現実だと思えなかった。


「嘘だ……こんなの……うそ、だ」


葉村くんはその場にうずくまり、かたく目を閉じる。

耳を両手でふさぎ、これは自分の不安が作り出した悪夢なんだと頭の中で叫ぶ。

そうして、もう一度ゆっくりと浴室に視線を戻すけれど……そこにはやはり、変わり果てた姉の姿があって。



「う……うああああああっ!」



今日、図書館へ行こうなんて思わなければ。

いつものように家にいて、お姉さんの行動に注意を払っていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。

そして彼が何よりショックだったのは、ほんの少し抱いたお姉さんへの煩わしさが、気づかれていたことだった。


恋人を失い、生きる希望を見失い。

たったひとりの肉親である弟にも煙たがられている世界でなんか、生きられないと思ったに違いない。


「ごめん……姉さん、ごめん……」


葉村くんは、冷たくなってしまったお姉さんにすがって、泣きながら何度も謝った。