「ただいま……っ」
葉村くんが息を切らせてアパートに着いたとき、リビングの窓辺にお姉さんの姿はなかった。
いつものように窓は開いていて、静かにカーテンが揺れている。
「姉さん?」
汗ばんだ肌にはりつく洋服をぱたぱたさせながら部屋の中に入り、辺りを見回す。
しかしお姉さんの気配はなく、部屋を出ようとするとテーブルに置かれた一枚の便せんが目に入った。
【理久へ――】
その文字を確認するなり、鼓動が大きく乱れた。
一瞬見ただけでふい、と目をそらしたけれど、その膨大な文字数からただのメモや書置きでないことはすぐにわかった。
毎日家で会っているのに、なんで改まって手紙なんか書くのだろう。
葉村くんは胸のうちで問いかけつつ、その答えは簡単に予想できていた。
まさか……ほんの少し、自分が出かけた隙を狙って?
どくんどくんと、体中が脈打つ。
葉村くんは手紙の内容を確認するより前に勢いよくリビングを出て、お姉さんが使っていた部屋の扉をノックもせずに開ける。
白と薄茶色の家具で統一されているそこはきちんと整頓されていて、誰の気配もない。
葉村くんはそこですぐに、お風呂場から水が流れる音がしていることに気が付く。
よかった、シャワーを浴びているだけか。一瞬そう思うものの、得体のしれない胸騒ぎが消えなくて、彼は恐る恐る洗面所に入り、浴室の扉を開けた。
……そのときにはもう、手遅れだった。

