スノウ・ファントム



冷房の効いた図書館は快適だった。棚から目当ての本を抜き、適当な席に腰掛ける。

表紙を開き、文字を追う。いつもは三ページくらいで、その世界に入りこめる。

……しかし。


「ダメだ……帰ろう」


葉村くんは半分くらいまで粘ったものの、展開もストーリーも登場人物のセリフも全く頭に入ってこず、あきらめて本のページを閉じた。

彼はどうしても、お姉さんのことが頭から離れなかった。


いつも窓を開けて、空ばかり見て。

僕の気持ちも知らないで、心配ばかりかけて――。

図書館から帰る道すがら、彼はそう思いかけて、はっとする。


“僕の気持ちも知らないで”――それは、言葉にしていないのだから、当然じゃないのか。


恭弥さんがいなくなってからのお姉さんのことを、毎日心から心配している。

それを本人にきちんと伝えたことがないと、葉村くんはその時初めて気が付いた。


「言おう……ちゃんと、自分自身の言葉で」


恭弥さんの気持ちを代弁しようとしたって、それは無理な事。

今、そばにいるたったひとりの家族が、あなたを心配している。

それが救いになるかどうかはわからないけれど、伝えなくちゃいけない。

葉村くんはそう決心して、うだるような暑さの中を走った。

そこかしこから聞こえる蝉の大合唱が、背中を押してくれるような気がした。