朝食を終えて母と一緒に外へ出る。日はすでに高く昇り、家の前の通りには野菜や家畜を乗せた荷車が何台も通り過ぎていく。市場へ向かうのだろう。

 ビャクレンの主な産業は農業だ。市場には他の都からも商人が仕入れにやってくる。
 メイファンの家も供物の桃以外に、リンゴや木イチゴなどの果樹園を営んでいた。

 桃畑の前では、聖獣殿からやってきた女性が三名荷車の横で待っていた。
 母とメイファンは礼を述べて、共に畑に入る。それぞれカゴを持ってさっそく桃の収穫を始めた。

 収穫した桃は荷車に積み込んで、順次聖獣殿に運ぶ。桃は祭りの間供物として聖獣に捧げられ、祭りの後は人々に配られる。
 撤饌(てっせん)(神前から下げた供物)の桃を食べると一年間病気にならないと信じられていた。

 最後の桃を荷車に積み込んだ時、太陽は天頂に達していた。

「父さんを呼んでくるから、先にお昼ごはんの支度をしてて」

 そう言って母は荷車と一緒に聖獣殿へ向かった。
 メイファンは母と荷車を見送った後、後片づけのため桃畑に引き返す。

 桃の木の下に放置されたカゴを集めながら、ふと気付いた。木漏れ日が三日月型になっている。
 不審に思い空を見上げた。空は雲ひとつなく晴れ渡っている。だが、太陽が月のように欠けていた。
 眩しすぎてすぐに目をそらしてしまったが間違いない。目を閉じても焼き付いている緑色の光が三日月型なのだ。

 言いようのない不安にとらわれながら、カゴを片づけているうちに、辺りが徐々に薄暗くなっていく。
 畑から通りに出てみると、まわりの家からも異変に気付いた人々が表に出て空を見上げていた。

 今やすっかり真っ暗になった空には、夜のように星が瞬いている。そして天頂には白い光を放つ真っ黒な太陽。

「いたっ!」

 突然の疝痛(せんつう)にメイファンは腹を押さえてその場にしゃがみこんだ。しかし、痛みはすぐに収まる。
 いったいなんだったんだろうと不思議に思いながらメイファンが立ち上がったとき、西の山脈の彼方から獣の咆哮のような声が聞こえた。

 通りにいる人々の間に、ざわざわと動揺が広がっていく。皆一様に西に向けて闇の中に消える道の先を見つめた。
 時折聞こえてくる禍々しい声は徐々に近付いてきている。それに混ざって人の悲鳴も聞こえてきた。