現在は京都守護職に復職している容保公だが、病を押して出陣した先の戦闘が体に応えたらしい。 会津藩士に容保公への目通りを願い出ると、公は伏せっておいでだと、聞き取りづらい会津訛りで返された。 が、ここは強気の永倉と原田である。 新撰組の窮地であるから、どうにかして話を聞いていただきたい、さもなくばここで腹を切る覚悟もあると言い放った。 質実剛健で鳴らす会津藩士も、新撰組の苛烈な勢いには圧倒され、斎藤たちはほどなく容保公への目通りが叶った。