誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―



長州軍は敗れ、京都を落ち延びた。


その残党は天王山に立て籠もったが、新撰組や会津軍に追い詰められ、自害して果てた。


戦いは、ここで幕を閉じたかに見えた。


しかしながら、京都市中に及ぼした影響で言えば、その後にこそ長く苦しい戦いが待っていたのである。



新撰組と会津軍は、長州藩士が逃げ込んだとおぼしき町屋に火を掛けた。


この火が御所の西側一帯に広がり、北は一条から南は七条までを焼く大火と相成【あいな】った。



碁盤の目状に街路の走る京都では、店も民家も、間口が狭く奥行きのある町屋造りで、隣同士がぴたりと接している。


ひとたび起こった火が隣へ燃え移るのを防ぐ手段もなく、御所のそばで激戦のあった翌々日の朝に自然と鎮火するまで、人々はただ逃げ惑うことしかできなかった。