誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―



血の匂いがする。


晩夏の湿った夜気からも、斎藤自身の体からも、殺戮と破壊の鉄っぽい匂いがする。



三条橋から程近い旅館、池田屋が、血戦の舞台だった。


尊攘派【そんじょうは】の志士たちが十人ほど死体になった。


脱出した者も、敵前逃亡を恥じるか情報漏洩を恐れるか、いずれかの理由で、じきに自刃するだろう。


脱出し損ねて捕縛された者には、拷問の末の刑死が待っている。



突入した近藤勇の一隊と、斎藤の属する土方歳三の一隊は別行動を取っていた。


斎藤たちが駆け付けたとき、池田屋に突入した四人のうち、


藤堂平助は額を割られて戦えず、永倉新八もまた手に傷を受けて自由に太刀を振るえず、沖田総司は喀血【かっけつ】して昏倒し、


壁を背にして敵に囲まれた近藤勇は絶体絶命の窮地に陥っていた。