花街の料亭にも玄関を二つ設けた見世【みせ】があって、片方からは薩摩藩士、もう片方からは長州藩士と、政敵の両者が同時に出入りしている。
迷路のような廊下と客あしらいの巧みな芸妓が両者の遭遇を阻んでいるが、仮に壁一枚が取り払われれば、見世はたちまち阿鼻叫喚【あびきょうかん】の地獄絵と化すだろう。
そんな火種は、昨今の京都では、どこにでも転がっている。
志乃は言葉通り、斎藤に茶を供した。
「粗末なものやけど、御口に合いますやろか?」
渋色の茶器も、涼やかな香りのする茶も、おそらく上等なものなのだろう。
屯所では御目に掛かれない。
屯所の食事事情を言えば、茶を買うよりも塩を買う。
見回りだ稽古だと汗を流してばかりの斎藤たちの舌と体には、薄味に過ぎる上方【かみがた】の料理より、塩気の効いた江戸風の味付けが合うのだ。



