娘の名は、志乃【しの】、という。
少なくとも、ここではそう呼ばれている。
斎藤は、志乃が得意ではない。
吉田道場は洛外【らくがい】に位置しているが、志乃の話す言葉や物の考え方は京都の人間そのものだ。
志乃の言葉を額面通りに受け取ると、大抵は見当違いな応えを返してしまい、しとやかな笑顔に侮蔑【ぶべつ】の色が交じるのを目撃することになる。
茶を勧める意図を、押し黙ったまま考える斎藤に、志乃は憐れみの目を向けた。
これだから田舎育ちの武辺者は嫌だと、はっきり告げてくれれば気楽なのに、志乃はそれをしない。
知恵の回らぬ子供か聞かん気の飼い犬にでも聞かせるような口調で、いくぶんわかりやすく言い直した。



