誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―



このじっとりとした蒸し暑さは、確かに淀んでいるようで、肌にまとわり付いてくる。


ただ、斎藤には、気だの念だのといったものも淀んだり溜まったり、挙句に凝り固まったりするのか、わからない。


五感でとらえられぬものを論じられるほど自分は賢くない、と思う。


主張だとか論理だとか、頭の中で一つの何かを築き上げるのは難儀だ。


斎藤が語ることのできるのは、この目で見てこの手で触れた確かなものだけだ。



だから、斎藤は目を凝らし、耳を澄ます。


手応えも、舌触りも、一つ一つ覚えておく。


己を鈍らせてはいけない。


鼻の鋭い狼のように、信用できる事実のみを嗅ぎ分けて見出さねばならない。


そんなふうに自らに課している。


それが斎藤一という男だ。