誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―



「今日は、先生はいはりまへんえ。言伝【ことづ】てやったら、うちが承【うけたまわ】りますけれども、よろしおますか?」



当人に会えるとは思っていなかった。


会いたいとも思っていなかった。


吉田道場にいないときのあの人が、政敵がひしめいているはずの京都のどこに隠れているのか、斎藤は知らない。


いや、あの人が江戸を離れて京都に潜んでいることを知る者とて、多くはあるまい。



「池田屋の騒動と、その翌日の残党狩りについて」



訥々【とつとつ】と話し出す斎藤を、娘はやんわりと制した。



「御茶、いかがどす? 暑い日には、かえって熱い御茶が体を涼しゅうしますよって」