誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―



吉田山の中腹から山頂にかけては、一千年の歴史を持つ神社が鎮座して、四周を睥睨【へいげい】している。


節分の頃、吉田の山には鬼が出る、と子供らが歌うのを、斎藤は耳にした。


子供らは鬼が怖いのだろうか。


鬼より怖いのは人間だと、斎藤は知っている。



道場は閑散としていた。


むしろ稽古など行われていることの方が稀【まれ】だ。


斎藤が身を寄せていた頃は一応、弟子が通って来ていたが、体裁を整えるためのものに過ぎなかった。


吉田道場とは、そういう場所である。



庵を訪ねると、未亡人のような格好をした若い娘が、口元ばかりを微笑ませた冷たい目で、斎藤を見上げた。