市中警備の任に就くとき、斎藤はわざと、特に目立つ浅葱【あさぎ】色の段だら模様の羽織を着る。
刀は必ず右に差すから、左利きを隠さぬ風変わりで非礼な剣士であると、敵も味方も認識している。
羽織と右差しの刀の印象が強いため、案外、誰も斎藤の顔そのものを記憶しない。
晩夏の日差しに照らされて大汗をかきつつ吉田山の麓に辿り着き、道場へ続く雑木林に足を踏み入れるや、涼気が斎藤の肌を刺した。
ひどく冷たい地下水が小川になって湧き出ているらしく、京都特有のまとわり付くような暑気が、ここでは消し去られる。
つい半刻前には人の声しか聞こえぬ町中にいたのに、今は蝉【せみ】の声ばかりが、立ち並ぶ古木から降ってくる。
浮世を離れた、と斎藤は感じた。



