誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―



危険だから離れるなと言い渡されてはいるが、不覚を取るほど間抜けでもないつもりだ。


斎藤は、新選組隊士や会津藩士らの作る人垣を外れ、わずかなりとも涼を求めて、鴨川の畔へさまよい出た。



そして鴨川の水面を見下ろしているわけだが、期待したほど過ごしやすくもなかった。


河川敷の藪から飛んできた蚊が耳元で唸るのを、指先で弾いて打ち落とす。



と、足音が聞こえた。


それから声がした。



「斎藤、ここにいたのか。探したぜ。猫みてえにほっつき歩いてんじゃねえよ」



藤堂平助である。


斎藤は振り返り、同い年の藤堂を見下ろした。


小兵ながら北辰一刀流剣術の腕前は凄まじく、江戸っ子らしい喧嘩っ早さも相まって、新撰組の中でも特に荒くれていると名指されることがある。


実はやんごとなき家柄の御坊ちゃんだという。


黙ってさえいれば、品よく整った白皙の美貌は、確かになかなかのものだ。