誠狼異聞―斎藤一、闇夜に駆けよ―



俺には士道がない、と空【むな】しくなる。


何を善良ぶっているのだ、と嘲笑う声が聞こえる気がする。


斎藤一はきっと、そもそも武士ではない。


走狗【そうく】であり、間者であり、刺客であり、裏切り者である。


右手の剣技で人を欺【あざむ】き、左手の剣技で人を闇に葬る。


伊東率いる御陵衛士こそが今、土方に遣わされた斎藤一という狼の、牙に掛けるべき獲物だった。



と、斎藤の隣で胡坐【あぐら】の片膝を立てた藤堂が、二十四という年齢よりも若く見える秀麗な顔に、人懐っこい笑みを浮かべてみせた。


今たまたま鉢金【はちがね】を外している額には、池田屋騒動の折に付けられた傷痕が白っぽく浮かんでいる。