悲しみことなんてない。

けれど止まらなくて、止められなくて。

ゴシゴシと涙をぬぐう。

「……んで、なんでだよ。……ッ、俺は幸せで……嫌なことなんて一つもない……ッのに……なんで……」

涙で歪む視界。

その視界の中で、カーテンが揺れたような気がした。

"窓は開いていないのに"。



視界が歪んでいたから。決まっている。

しかし涙をぬぐった後も、カーテンははためいていて。ほおには風が――――――――…………



そこまで考えて俺は思考を中断した。

カーテンの前に立つ一人の人影。

「な、ぜ……?」

酸欠の金魚のごとく口をパクパクと動かす。

「な……で、こん……ッとこに……」

言葉として聞き取れるような発音ではなかった。けれど相手はしっかりとその言葉を理解したようで、答える。

「……いつまでも帰って来ないお前を迎えに来たに決まってる。寮にが十時までに帰って来いっていつも言ってただろ? 何時間超えてると思ってんだよ」

「祐、一郎……?」

三週間ぶりに聞いたその声は俺の大切な、幼なじみのものだった。