そして数分後、またさっきと同じように抱き抱えられ、部屋の中に運ばれる。
どこか柔らかい上に寝かされ、肩掛けのカバンを取られそうになる。
これだけは取られてはならない。
もし取られると、正体がバレてしまう。
すると、誰かのスマホのバイブ音がする。
メールか……
あたしに警戒している、ということだな。
どうする……
このままだと、ここに潜入した意味がない……
それから何度かメールのやり取りが続いた。
バイブ音が止まったころに、そっと目を開ける。
勝負をかけてみよう。
そして、目の前には男が1人。
あたしが急に目を開けたもんだから、驚いている。
あたしは『どうしてここにいるのかわからない少女』を演じる。
「お嬢ちゃん、名前、言える?」
……バカにしてるのか。
いや、落ち着け。
今あたしは『耳の聞こえない女の子』。
ここで素直に答えるわけにはいかない。
というわけで、首をかしげる。
「な、ま、え」
すると、案の定、彼はゆっくりと言ってきた。
よし。
あたしはカバンの中からスケッチブックと鉛筆を取り出す。
そして、子供らしい字で名前を書く。
書き終えると、スケッチブックを立て、彼に見せる。
「ん?み、さ、き……?」
嘘はついていない。
だから、あたしはうなずいて、自分を指さした。
すると、なぜか彼はバッ、とカウンターに座っている男2人のほうを見た。



