ケンショウ学級


「そう、前から上杉くんが読みたいって言っていた本だよ」

先生からそれを受けとる。とても使い込まれているのが手に取っただけで伺えた。『心理実験の概要と成果』と書かれた本。

古本屋に持っていったらきっと値段がつかないであろう日焼けに角折れ、でもそんなのは読む時には何の支障もない。待ち望んだその本を手にしたことで僕は浮かれていた。

「うわー。本当に持ってきてくれたんですね!ありがとうございます」

「心理学に興味がある中学生なんてなかなかいないしね、喜ぶだろうと思って漁ってきたよ」

大上先生は声は小さいし、おどおどしているから苦手に思う友だちもいるけど、授業は分かりやすいし僕は好きな先生だ。

「わー、ミルグラムの実験にスタンフォード監獄実験まで。有名で興味深い実験ばかりだ」

「マニアックなの知ってるねー。

でも、この著書の良いところはそうしたコアな心理実験も、パブロフの犬のような基礎的な心理に基づく実験についても記載している所なんだ。

だから他の実験にもよく目を通してみてね」

大上先生は授業も工夫していて分かりやすいんだけど、普通は生徒から敬遠される脱線した話が僕にとっては特に面白い。歴史を表面だけ見るのではなくストーリーとして見る楽しさを知ったのは、大上先生の授業の賜物と言っても過言ではなかった。

社会科クラブを選んだのも大上先生の話をより詳しく聞けるからだという部分が大きな要因だった。

「おっと、もう時間だね。

返すのはいつになっても良いから、またクラブの時にでも感想聞かせてね」

左腕の時計を見て、大上先生はそう言った。僕に遠慮気味に手を振って先生は職員室に戻っていく。僕はその背中にしっかりとお礼を言った。

「はい!ありがとうございます」

頭を下げて、僕は少し足早に教室へと向かっていくのだった