「そんなことでこんな…………」

あっけらかんとした男の答えに原田さんのさは力なく座り込んだ。

良かった、原田さんは意識を保っている。

目の前で親友が殺された。

親友が死んでいく姿を見たのに意識をつなぎとめているのは凄いことだと思った。

僕はもしも、こんなもしもなんて考えたくもないんだけど。

もし目の前で春馬や原田さんが殺されたら果たして正気を保っていられるのだろうか?意識をつなぎとめることができるのだろうか?




「ああそうそう。

一応君たちも知りたいことかなって思うから、何でそこのワンちゃんが選ばれて、小野さんが気絶をするほどのストレスがあったのかを教えてあげよう」

僕たちの視線は再び野比先生へと向けられた。

野比先生は「真緒、オレの真緒……」とぶつぶつと呟きながら、炭になった元教え子を見つめていた。

「小野さんはね、そこのクズのような男にあることで脅されて数回に渡ってレイプされていた過去があるんだよ」

は?

先生が生徒を脅してレイプ?

「だから彼女はその男のだらしなく醜い身体を、裸体を見て、この男が顔が分からなくても体育教師の野比であると分かってしまったんだね。

でも、どこかでそうではないと信じたかった。だけど、実際に明かされたその男の正体はやはりと言うべきかトラウマを刺激するものだった」

僅かばかりの哀れみの視線がさっきまではあったと思う。

だけど、この話を聞いてしまったら野比先生を哀れむものなどいないだろうな。

僕だって、こんなクズみたいな人間が教師だったかと思うと吐き気がした。

「小野さんは二年生になる直前に野比に多額のお金を渡して、金輪際関わらないようにと訴えかけた。

そして、登校時間は誰よりも早くして校門で野比が立っていても顔を合わせなくて済むように工夫していた」

もう、いいよ。

小野さんが野比先生のことを恐れていた理由なんかもうどうだっていいから。

変声器の無機質な声をこれ以上聞かせないでほしい。


「そして、少しずつトラウマは胸の奥に沈んでいき、クラスメイトからそんな過去があったことなど気付くことができないほど回復したんだね」

見るまでもなく今の僕らの脳波は大きく揺れているのだろう。

「人間以下だよねぇ。

こんな人間以下のゴミは死んだ方が良い。生きている価値などない!

みんなもそう思うだろう?」

男の言葉は小野さんの無念を考えると、何のフィルターもなしに僕らの頭にすっと入り込んだ。

「キモ。こんなやつ死ねば良いのに」

「生きている価値ないよ、死ねよ」

「ほんと今すぐ死んでほしいわ」

誰からともなく始まった「目の前の人間の死を望む声」。

それは止めどなく反響して瞬く間に増幅していった。

「死ーね」

「死ーね」

「死ーね」

気づいたときにはクラスのほぼ全員が叫ぶように「死ね」と延々と繰り返していた。

「満場一致だね。

では、さようなら野比先生」

「死ーね」

「死ーね、死ーね、しー……えっ?」

バタンと床の方から物音がしたかと思うと、僕らの目の前から突然に野比先生の姿が消えた。