「では、そこまで。ペンを置いてください」

僕は震えながら握っていたペンを離した。カランと小さな音がしてペンはパネルの上に落ちていった。

もっと出来ることがあったんじゃないかと、今更になって思う。

僕は実験の恐ろしさを知っていたのに誰に伝えるでもなく、何か解決策を導き出すわけでもなく、誰かを救うことなんてできやしなかった。

「ああ……神様。なんで僕達がこんなことになったっていうの?」

シューーッと音をたてながらそれは密室の中に散布され始めた。

皆はなんて書いたんだろう?原田さんは誰の名前も書かなかったかもしれないな。佐野くんは名前っていうかアイツへの文句とかを書いてたりしそうだな。

「……ふふっ」

春馬はアイツの名前を書いただろうか。あぁでも、春馬には恨まれるかな?

呼吸ができなくなり、僕は必死で息を吸い込んだ。だけど、酸素が行き渡ることはなく、僕は全身から血の気が引いていくのを感じていた。

身体から力が抜けて僕はパネルに顔を埋めた。

「原田さんに気持ち伝えとけばよかったな……」

ひどい頭痛が始まり、あまりの苦しさに僕は喉を押さえた。だけどどれだけ吸っても呼吸が楽になることはなく、鈍器で殴られる様な頭痛が繰り返される中で意識を失った。

筋肉が弛緩して緩んだ顎が開き、よだれがパネルに垂れていく。

僕は結局、アイツの名前を書くことはなかった。大上と始めに書き、それをぐちゃぐちゃに塗り消して、「春馬」と書こうとしている途中で時間が来たのだ。

時間が足りなかった訳じゃない。ただ僕は春馬が例えアイツだったとしても、親友に死んで欲しくなかったんだ。

僕らは後悔するのが遅すぎる。でも、例え僕の命が無くなろうとも春馬の命を奪うことなどできなかったし、春馬に死んで欲しくないと本心から思った。


だから、僕は……最後の最期に自分が選んだ選択にだけは後悔は無いと。胸を張って、そうして息を引き取ったのだった。