「男は弱いところを見せるのがカッコわるいと思う生き物だからね。とくに好きな人の前ではそれを見せたくないんだろう」


きっと腫瘍が胃に転移して、だれよりもショックだったのは亜紀。

これから薬の量も増えて、治療する回数も多くなって。そんな自分の姿を亜紀は想像したんだと思う。


「それに亜紀が来ないでくれって言ったのは波瑠ちゃんに申し訳ないって思ってるんだと思うよ。波瑠ちゃんが影で泣いてることは亜紀も分かってると思うしね」

「……亜紀もきっと見えないところで泣いてると思うんです」


病気の怖さで震える夜だってある。

だけど次の日には亜紀は笑顔に戻ってる。


「波瑠ちゃん。私は亜紀と同じ男だから亜紀の気持ちが痛いぐらい分かる。亜紀が波瑠ちゃんを突き放したのはキミを想ってのことだって理解してあげてほしい」

「………」

「波瑠ちゃんはまだ幼いし、きっとこれから過酷な場面を見なきゃいけないよ。べつの生き方もあるし、それを選んだとしても誰も薄情だなんて思わない」


べつの生き方……。

その意味は14歳の子供の私でも意味がわかる。


「このまま亜紀と一緒にいていいのかい?」

お父さんの瞳はまるで亜紀そのもので。

俺と一緒にいていいの?って亜紀に言われてる気がした。


私の答えなんて、ただひとつ。

べつの生き方も違う選択肢もない。

私の通る道に亜紀がいないと、亜紀がいれば、私は迷わずに進んでいける。


「――はい。私は最後まで亜紀と一緒にいます」

それを決意した瞬間、ふわりと強い風が吹いた。


「そうか。それなら私はふたりのことを見守るよ。亜紀を選んでくれてありがとう」

お父さんは何回も頷いて、右目の涙を人差し指で拭った。