「波瑠ちゃん。すごく迷ったんだけど波瑠ちゃんには本当のことを伝えておこうと思って」

「はい」

「もしかしたらこの日のことを後悔させてしまう時があるかもしれない。話した私を恨む日があるかもしれない。だけど波瑠ちゃんは亜紀にとって大切な子だから、隠したままではいられないって思ったの」

お母さんの唇が震えていた。


私はまだ幼くて、頭の中でもそんな考えしかできなくて。だから亜紀がなにかの病気だとしても大丈夫、風邪みたいに薬を飲んで医者に診てもらえば必ず治ると思ってた。

だけどお母さんの顔を見て、幼い私に対等な目線と対等な言葉でちゃんと伝えようとしていて。

今言われたとおり、聞かなきゃ良かったっていつか後悔する日が来たとしても。

私は絶対聞かなかったほうが後悔すると思うから。


「亜紀のこと知りたいです。話してください」


テーブルの下に隠した両手をぎゅっと握りしめて、お母さんの目を見つめた。


「亜紀はね、急性脳腫瘍という病気なの」

……ドクン。


「この前MRIを撮った時に見つかって。専門の先生に確認してもらったら間違いないって言われたの」

「……そ、それはどんな病気なんですか?」

「脳に腫瘍ができるとだんだんと圧迫しながら大きくなって、普通なら手術で取り除いたりするらしいんだけど」

「じゃ、亜紀は手術すれば大丈夫なんですか?」


ガタッと前のめりになると、ティーカップの紅茶が左に揺れた。

だけどすぐに「あ、」って思った。

だって亜紀のお母さんが泣いていたから。
大粒の涙を止めどなく流して泣いていたから。


「……っ、手術はできないって……。亜紀の腫瘍はもうかなりの大きさになっていて……できない……って……」


カフェのキッチンからは美味しそうな匂いがしてきて。それをウェイターの人が笑顔で隣の席へと運ぶ。

カシャンカシャンとフォークとナイフが当たる金属音。

まるで私たちは別の場所にいるみたいに、この空間に溶けこめなくて。

お母さんがそのあと涙で途切れ途切れの説明をしてくれたけど、聞くだけのロボットみたいに私は頷くことすらできなかった。