私は言い終わると、夏井の表情も見ずに背中を向けた。

スタスタと靴底が地面に擦れる音。それは次第に速くなって何故だか涙が溢れそうになったけど唇を噛み締めて堪えた。


いつか振り返った時に後悔するようなひどい言葉や衝動的な行動は絶対にしないようにしようって、人として当たり前のことは持っているつもりだった。

もし私が1年、10年、100年と心に余裕ができて、過去を振り返れるようになった時。


きっと一番最初に後悔する時はこの日なんじゃないかって、まだたったの30秒しか経ってない時点で思ってるけど……。


と、その時。

前から勢いよく走ってきた〝なにか〟

「ワンワン!!」と元気な声を出して、私の横を風のように通りすぎていく。


茶色の毛並み。ぬいぐるみのようなまん丸の瞳。


――『捨て犬だったんだっけ?』

『うん。フットサルの近くで箱に入れられててさ。キャンキャン鳴いているし見つけたからには放っておけなくて』

よみがえるあの日の記憶。


『この子の名前とか決まってるの?』

『うん。ケン』

どうして今、そんなことを思い出しているのだろう。

 
『ケン私のところにおいで?ほら、ケンケン~』

『その呼び方今ので2回聞いた』

『え?』

「似てるんだよな、波瑠と。一緒にいるだけで太陽みたいにポカポカして、そういう人って一瞬で場を明るくする力を持ってるのかも。なーケンケン』


亜紀が〝誰か〟のことを想像しながら笑った顔。


ああ、そうか。

やっぱり私の予感は当たっていたんだ。

だってアイツの名前は〝夏井健人〟

場を明るくするヤツから亜紀が名付けたケンという名前。


『簡単に亜紀のことなんて忘れられるんでしょ?』


例えそれが後悔する言葉でも私が足を止めて夏井に謝れないのは……。

それ以上に背けていたい現実があるからだ。