今までだって夏井にイラついたことは沢山あった。失礼なことも言うし、デリカシーはないし、空気も読めないし。

そのたびに私はそれを回避する術を身につけて、心を乱されないように踏ん張った。


――〝過去の記憶だけじゃ生きられない〟

そう言われた瞬間、グサッと鋭いナイフで刺されたような感覚がした。

血なんて1ミリも出ていないのに、ドクドクと動脈が波打つ。


「私の気持ちなんて分からないくせに偉そうなこと言わないで」

夏井にナイフを投げ返すように強く睨みつけた。


「アンタなんか亜紀と大して親しくもなかったくせに。たかがフットサルの先輩後輩の関係でしょ」

「………」

「べつに思い出だって数えるほどしかない。しかもそのほとんどが人づてで誰かから聞いたり見たりしてただけ。夏井なんてただ一緒に練習してお世話になっただけじゃん」

「………」

「それなのに偉そうに私は空っぽだとか過去の記憶だけじゃ生きられないとか何様なわけ?」

「………」


「夏井が軽々しくそんなこと言えちゃうのは亜紀と深く関わった人じゃないからだよ。そんなの時間が経って、新しい人と出逢って、楽しいことが増えれば簡単に亜紀のことなんて忘れられるんでしょ?いつまでも亜紀亜紀言ってる私が惨めに思えて仕方ないんでしょ?」

「………」


「夏井と私は違う。アンタがどう思おうと自由だけどそれを私に押し付けないで。あと、もう二度と話しかけないで」