私は苛立ちを抑えて天井を見つめた。

……できれば保健室のベッドであんまり寝たくないのにな。

だってひんやりとしたシーツに鉄格子のベッド。そしてこの消毒液の匂いがすごくすごく苦手だから。


嗅覚と記憶は結線(けっせん)されてるっていうけど、匂いは余計な感情まで呼び起こすから嫌い。

そんなことを考えていたら頭がもっと痛くなってきて、私は目を瞑った。



――『波瑠』

どこからか懐かしい声がする。

優しくて大きな手が私の体を包んで、泣いていたのは亜紀のほう。


『波瑠、波瑠』

何度も何度も呼ぶ声に私はキミの姿を探す。


『波瑠。ごめん』

一番苦しかったキミにそう言わせてしまったのは私のせい。


『時間が巻き戻せたらいいのに』


やめて。その言葉の続きを言わないで。


『波瑠は……』

「やめて――!!」


ハァハァと荒い呼吸で私は目を覚ました。

心臓がバクバクとうるさくて、ゆっくりと寝ていた体を起こす。その息を整えながらくしゃりと頭を抱えた。

……あんな夢をみるなんて。


窓の外は寒そうで唸り声のような強風がグラウンドを通りすぎていく。


……いま何時だろう?授業は?チャイムは?
時間の感覚がない。

上履きを履いて時計を確認しにいったら、3限目が終わる5分前だった。そして壁に取り付けてある鏡の中の自分と目が合った。


……ひどい顔。

歪んだ眉に充血して目。泣いたつもりはないのに顔が濡れている。


あれ?

鏡に近づいてよく見ると左側の目の下に指で涙を拭いたような痕が残っていた。

もうひとつのベッドは抜け殻のような布団が残ってるだけで、そこに夏井はいなかった。