「さて、そろそろ帰ろうかな。私がいると亜紀ゆっくり休めないでしょ?」

もともと長居する気もなかったし、ただ心配で様子を見にきただけだから。


「うーん。俺も波瑠に風邪うつしたくないからずっと距離をとってたんだけど……やっぱりこっちに来て」

亜紀が可愛い顔して手招きするから、胸がきゅんっとなった。


私がソファーに近づいて座ろうとすると、亜紀は「ここ」と言って自分の足の間を叩いた。そして後ろから私を抱きしめて嬉しそうな声を出している。

ゆらゆらと亜紀が動くと私もゆらゆらと動いちゃって、されるがままって感じ。


「なんか今日の亜紀甘えん坊じゃない?」

具合が悪いからかな?私はすごく嬉しいというか、亜紀が可愛すぎて平常心を保てないんだけど。


「だってずっと我慢してたから」

「お母さん帰ってきたらどうするの?」

「まだ平気」

背中から亜紀の体温が伝わってきて首筋が熱い。

リビングだしカーテン開いてるし余計にドキドキしちゃうよ。


「波瑠」

耳元でささやかれたあと、右側を向くとすぐ傍に亜紀の顔があった。そのまつ毛や鼻筋、目じりにあるホクロまでなにもかも愛しくて。

きっとこの感情は亜紀にしか湧かない。


「波瑠が風邪ひいちゃったらごめんね」

「丈夫だけが取り柄だから平気」

そう返すと亜紀は私にキスをした。


何度も何度も唇を重ねて、少し深いキスもして。

時間を忘れるぐらいふたりの時間を過ごした。



目に見えるものだけが全てだと思っていたあの頃。

幸せの海があるなら、私は溺れるぐらい亜紀の優しさに満たされていた。


もし、私に超能力があって目に見えないものを見る力があったなら、ここで防げたはずだった。

そして永遠にこんな日々が続くはずだった。

はずだった。

はずだったのに……。