その帰り道。ずっと泣いていたのは凪子だった。


「うう……ごめん波瑠。私ただ先輩を呼びにいくことしかできなかった」

あの時、凪子が呼びにいったのは先生じゃなかった。あの場所から職員室は遠いし、とっさに3年2組の教室に駆けこんだらしい。

亜紀が教室にいるかは賭けだったけど、凪子は絶対にいるって確信してたんだとか。理由を聞くとただの勘だって。

その勘のおかげで助かったし、亜紀の気持ちも聞けて凪子には感謝しかない。


「ううん。凪子がいたから私無事でいられたんだよ。本当にありがとう」

そう言うと凪子はまた泣いた。


「波瑠が無事でよかったぁ……っ」

「うんうん。ほら、鼻水拭いて」


……凪子と亜紀が傍にいる私は幸せものだなぁ。

この先なにがあっても、この気持ちだけは忘れたくないって思った。 

少し落ち着いた凪子はなにかを思い出したように深いため息をつく。

 
「それにしても亜紀先輩って本当にいい男だよね。ふたりの会話聞いててすごく羨ましくなっちゃった」

「え、聞いてたの?」

「だって私あの時、理科室の扉の向こう側にいたし。邪魔したくないから体育座りして盗み聞きしてた」


うわ、なんか恥ずかしい……。

でも凪子ならいいか。


「はぁ……。あんな人世界中探してもいないかもね」

ちょっと乙女みたいな凪子に私は慌てた。


「ま、まさか凪子」

「違う違う!私はイーグル一筋だもん。波瑠と先輩のこと誰よりも応援するって決めたから。先輩がいない時は私が波瑠を守るからね!」

痛いぐらい腕が絡ませてくる凪子が可愛かった。



もし、心にタンクがあって。

水の量で幸せの値が計れるのなら。

この日以上に満タンになった時はないんじゃないかって思うほど、すべてを手に入れられた気がしていた。


ねぇ、今の幸せの値はどのくらい?

穴が空いて少しずつ水が減っていったのはいつだっけ?


幸せの記憶だけで生きていたいのに。

悲しい記憶ばかりが張り付いて頭から離れない。