* * *

 2時間半の屋形船のコースはあっという間に終わり、船着き場に到着した。そこからは解散となり各々で帰ることになった。

「あれ、めちゃくちゃよくわかる。」
「え、何の話です?」

 美樹の隣にいるのは深山だ。

「自分が頑張らなくても一緒にいてくれる人。…わかる。疲れたくない、恋愛で。」
「あ、それですか。ね。頑張りたくないでしょ?深山さんもそんな感じします。」
「見抜かれてたかー俺。」
「2年の付き合いを舐めないでいただきたい。それと私の観察力も。」
「深山さーん!どーん!」
「おわっ!」

 突然後ろから深山にタックルを決めたのは藤澤だった。深山はそのまま前にいた主任たちの集団に溶けていく。美樹の隣が藤澤になった。

「あとでちゃんと深山さんに謝りなよ。」
「わかってますって。」
「今日、ちゃんと楽しめた?」
「はい!1日楽しかったです。」

(屈託のない笑顔…こいつ、自分の武器を知っていやがる。)

「っと。」

 ふと、背中のリュックに負荷がかかった。藤澤の左手が美樹を向かってくる人から遠ざけてくれる。

「お、ありがとう。」
「いえいえ。」

 この距離感が上手いのだと思わざるを得ない。今日一日、一緒に過ごしてそう思った。他人に不快感を与えないさりげない気配り。多分世の女性はこれに弱い。例にもれず自分もうっかりときめくところだった。

(…職場恋愛なし。無理。ていうか年下無理。)

 無理だと思っているのに、なんだか胸がざわざわして落ち着かない。それは藤澤のせいなんかではなく、夏休みがこれから始まるというワクワク感からなのだと美樹は信じることにした。