『私は仕事で忙しいんだ。詩織の世話が出来ないのはわかるな?』
あぁ……そっか。
やっとお父さんが、あたしに電話をかけてきた理由がわかった。
お母さんが倒れた報告じゃない。
いや、それも含まれるだろうけど、本題はきっとこの次だ。
さっきまでのあたしの心を、一瞬にして黒く塗りつぶす、お父さんの言葉。
〝幸せ〟を、壊す……残酷な現実。
「……あたしが、お母さんの世話をしろって事だよね」
『…あぁ。母親だろう、それぐら』
「わかってるよ」
今度はあたしがお父さんを遮った。
でもその声は、強くも弱くもない、多分お父さんと同じ無機質な、声。
「そっちに行く」
『……そうか』
きっと〝幸せ〟 は永遠に続く事はない。
突然やってきたそれは、終わる時も突然なんだ。
あたしの幸せを終わらせたのは、〝現実〟だったというだけ。
『飛行機の手配はこちらでしといてやる。いつがいい?』
いつ、か。
あたしは虚ろな目で、机の上の袋を見る。
途端、瞳から一粒の涙が流れた。
「……あさっての、朝。一番の飛行機がいい」
『わかった。家の住所はわかるな?』
「わかるよ」
『病院の場所は、また後で連絡する』
お父さんとの電話が切れて、あたしに残ったのは……喪失感のみだった。



