心待ちの日になった。

いい朝だ。

ランチは地下鉄でひと駅隣にあるカフェに決めていた。

「どうぞ。」

俺は店のドアを開けてセナを先に通した。

彼女は少し驚いたようだ。

「ありがとうございます。」

とつぶやくように言って店内を見回した。

「2名様入りま~す。」

ウエイトレスが俺たちを窓際のテーブルへ案内した。

「空いてますね。」

セナはランチタイムに空いているのは有り得ないとばかり

また驚いたようだ。

「ちょっと隠れ家的な店なんだ。」

少しは感嘆の目で見てくれてもいいんじゃないかと

俺の気も知らずに

セナはウエイトレスから受け取ったメニューを開いて

サッサとオーダーしていた。

「香取さんは何にします?」

メニューくらいゆっくり見たい俺は

仕方なくいつものオリジナルセットを注文した。

日替わりパスタとコーヒーだ。

「食べたら寄りたい所があるんだ。」

「どこですか?」

「戻る途中だから、いいだろ?」

「時間内でしたらいいですけど。」

「ありがとう。」

セナはびっくりしたように目をパチパチさせた。

よっしゃ。

俺だって礼儀は重んじる方だ。

きちんと派のセナの前なら特に。

通り沿いに和小物の店がある。

藍物や絞り染めのクロスは種類も豊富で

かなり伝統的なステータスがあり

俺好みの雰囲気の店の一つだ。

セナと自分の好みが同じならいいがまだわからない。

彼女は日常デスクで和風っぽいタオルをマウスの手前に置き

手首をそれで支えてクリックするさまを

俺は目ざとくリサーチしていた。

パスタを食べながらセナを見つめた。

「何ですか?」

「別に。」

「なんで見るんですか?」

「別に。」

黙々と食べ終えた俺はコーヒーをおかわりした。

「セナ。」

「はい。」

「ゆっくり食べていいから。」

「はい。」

と言っても彼女の食べっぷりは普通よりも早かった。

俺としてはもっと見つめていたかったが

二人だけの時間に浸れるのも限りがあり

肝心の店に立ち寄りたいが

そこでも時間を気にしなければならない。

セナがコーヒーも飲み終わっていたことに気づかないほどあれこれ考え

俺はなんだか寂しい気持ちでいた。

「さっ、戻りましょう。」

セナの声にハッとして俺は席を立ったが

彼女はサッサと会計で支払いを済ませてしまい

すでにドアを開けて外へ出ようとしていた。

「セナ、待って。」

「香取さん、もたもたしないで早く。」

俺が財布を出していたら

彼女に手で制された。

「送迎のお礼です。」

「そんなのダメだ。」

「じゃ、これから寄る店で何か買ってもらえますか?」

俺はその言葉に飛びついた。

俺の当初の目的がそれだったからだ。

「もちろん。」

さっきの沈んだ気持ちはどこかへすっ飛んでいった。

意気揚々とセナの隣を歩いた。

「どこですか?」

「左へ曲がってちょっと奥へ行くとある。」

『絞-shibori-』と藍染めされた暖簾が店先で風に揺れていた。

セナはサッサと暖簾をくぐり

中へ足を進めた。

「セナちゃん、いらっしゃい!」

えっ?

店長の声に俺はどんな顔をしていいかわからずにその場に突っ立った。

「香取さん。好きなものを選んでいいですか?」

えっ?

「も、もちろん。何でも選んでいいよ。」

セナは店内をゆっくり歩いて見る様子はなく

サッと目指すものを棚から手に取り

俺に視線を戻した。

俺はうなずいてそれに応えた。

店長が俺に気づいた。

「雄二くん、いらっしゃい。」

「店長、彼女を知ってるの?」

「セナちゃんはお得意様だよ。」

「そうなんだ。」

俺は好みが同じだと判明して

なんだかとてつもなく嬉しくなった。

俺はこんなに喜怒哀楽が激しい男だったか?

「雄二くんならセナちゃんを任せられるよ。」

「まったく言いたい放題だね。」

「セナちゃんを泣かせたら私が許さないよ。」

えっ?

「どういうこと?」

「こういうことは本人に直接聞いた方がいいと思うよ。」

「そうだけど、話してくれそうにない。」

「じゃ、奮発したらどうかな?」

「もう、上手いんだから店長は。」

ハハハと笑って店長はセナに温かい目を向けた。

それを聞いて俺だって少しくらいは察する。

セナの過去の男はろくでもないヤツだったと。

俺なら好きな女を泣かせない。

絶対に。

俺が今まで付き合った女はどの女にも

これ、と言ったものがなく

可愛さも平均的で

メイクやネイル、ヘアスタイルに服まで

外見的な特徴もすべて平均的で

さらに話し方まで平均的だったことに

正直俺はうんざりしていた。

セナは聖女と言われるだけあって

男を寄せつけない冷たい雰囲気があり

キレイ系な面立ちの割りに

波打ったゆるい髪を束ねず

誰にも自分を縛ることはできない

自分の自由を分かち合う気はさらさらない

みたいなオーラがあった。

自分で言うのもなんだが

常にデートは3人待たせていた超モテ系の俺でさえ

セナにだけは声をかけづらかった。