「オヤジ、いる?」

暖簾をくぐって店の奥に声をかけた。

「その声は雄二か?」

「来たぜ。」

「毎年飽きずに来よる。」

「いいじゃん。」

セナは早くも店内で目を光らせていた。

「連れか?」

「そんなとこ。」

「ベッピンじゃ。」

「言われなくてもわかってる。」

『閑(しずか)』という名のとてつもなく古い店だ。

誰にも触られてない

誰にも知られていない

誰の目にもさらされていない

古めかしいものばかりが

あちこちで半分ほこりをかぶって静かに息をしていた。

「すみません。これは何ですか?」

セナが指差した先には

くすんだ藤色をした総絞りの塊が

何かを語るようにぽつんと置かれていた。

「それはのぅ、姿見の鏡面掛けだ。」

「広げてみてもいいですか?」

「ああ、いいよ。」

セナはオヤジの承諾を得て

そっと手に取り

ほこりが舞うのを抑えながら

慎重に開いていった。

反物とまではいかないが

ソロリソロリと外にほどいたものを見て

セナは感嘆の声を上げた。

それは少し幅の広いマフラーのような形状で

片方は長く

折り返しの方は短くて

姿見の上部にスッポリかぶせられるよう

ポケットみたいになっていた。

暗い渋みのある紫色から

淡い藤色にグラデーションが斜めに入った

総絞りの薄い絹地だ。

セナは白くて細い喉をコクッと小さく鳴らして息を飲んだ。

「なんて哀しい儚げな色。」

しんと静まり返った店内にセナの呟きが染み渡った。