課長は娘を待たせているというので、飛んで帰り、小春は鞄を手に、仕方なく彰人の後をついて行った。
彼は自分の部署に着くと、
「まだ仕事、ちょっとあるから。
そこで待ってろ」
と言い、彼のデスクの横の椅子を引いてくれる。
私に、此処に座れと!?
と鞄を抱いたまま、小春は周囲を見回した。
もう残っている人は少なく、明かりの落ちているところもある。
みな急ぎの仕事を抱えているようで、こちらを見もしないが、それでも、なんとなく、人目を気にしながら、小春は彰人の引いてくれたその椅子に座った。
そこで何故か、いきなり彰人は、ぷっと吹き出した。
「な、なんですか?」
とまだ鞄を抱いたまま、彰人を見上げると、
「いや、前、なにかの呑み会で、お前がたまたま隣になったから、椅子を引いてやったら、飛んで逃げて、私を転がすつもりですかって言ったの思い出して」
と言う。
「……お前、その年になるまで、男に椅子のひとつも引いてもらったことなかったんだな」
と憐れまれた。



