〈下で待ってますよ〉


土曜日、朝の早い時間を指定して来た彼は、約束の5分前に私のマンションの下に到着していた。


〈今、行く〉


そう素っ気ない返事をして、下階を目指した。


いつもより早起きをして、いつもより念入りにメイクして、いつもより可愛い服を選んだ。
私は何をしてるんだ。
そんなに彼のことが好きなら、いっそのこと、彼に飛び込めば良いじゃないか。


鏡に映る自分にそう問い掛ける。
どうして彼に踏み込めないのかは、あの彼の張り付いた様な笑顔だった。
彼はいつも心の底から笑ってはいない。


上辺だけのあの笑顔に、私の心は躊躇(とまど)っていた。



「お待たせ。」
「さ、行きますよ、僕のお姫様。」


山野君はそう言って、腕を腰に当て、私の前に出して来た。


「何言ってんの?」


山野君が差し出した腕をポンと叩き、彼の前に出る。


「ちょっとくらい良いじゃないですか・・・」


駆け足で私の横に並び、私の歩幅に合わせる。
心地良い風が、私の頬を掠めた。





「どこに行くの?」
「良いところ。」


駅までの道のりは、並んで歩く私達に、ちょうど良かった。