憑代の柩

 男は黙して答えない。

 代わりに、こちらを窺うように睨(ね)めつけている。

 根気強く待つと、男はやがて口を開いた。

「この部屋に居た、あの女は何処だ」

「佐野あづさですか?」

 男は首を振る。

 声が近いな、と思った。

 生きた人間のそれのようだ。

 余程の執念があるようだった。

「あづさの名を語る女だ」

 息を呑んだ。

「貴方は、『佐野あづさ』さんの関係者の方ですか」

 その言葉に、男は部屋に向かい、動き出す。

 うわ、ちょっと待て、と思った。

 衛がすぐ近くに隠れて立っていたが、気にする風もなく、通り過ぎていく。

 洗面所を向いたが、奏の霊は今は居ない。

 或いは、男の出現に、身を潜めているのかもしれないが。

 ベッドの側で足を止め、しばらくそこを見ていたが、やがて、その足許、三段ボックスとの間にある押し入れに目をやる。

 そこを指差した。

「え、えーと。
 あの……」