気力を振り絞って洗面所に寄って化粧を落とした後、倒れ込むようにふたりがけの茶色のソファーに身を投げた。


『彼氏とか欲しくなったりしませんかぁ?』

ふと、つい1時間ほど前に聞いた妃名子の言葉を思い出す。

結婚適齢期の女であることは自覚しているけど、そういう気は全く起こらなくて。


私の中には相変わらず、あの男の存在がある。




──10年前のあの日。

真尋が残り香だけを置いていったあの部屋のインターホンが鳴らされたのは、私が一頻り泣いた後だった。

真尋が着ていたシャツを身につけたまま、ボサボサの髪も気にせずに、ふらふらとした足取りで玄関扉のドアスコープを覗き込んだ私は、息を飲んだ。

憎くて憎くてたまらない私のお母さんと知らない男が、その小さなガラスの向こうに立っていたから。


その男が“都築嶺二”だということは、考えるまでもなかった。