遂には身を乗り出して迫ってくる妃名子を、椅子から立ち上がってそれとなくかわす。

残りのコーヒーを飲み干し、カップをゴミ箱に投げ捨てた。


「私はパス。持ち帰らなきゃいけない仕事もあるしね」


私の返答に、妃名子は不服そうに唇を尖らせる。

……ここは逃げた方が賢いな。そう考えた私は、デスクの上に置いていた鞄を手に取った。


「ほら、帰るよ」


私達の他には誰もいないオフィス。

置いていくよーと付け足すと、妃名子は慌てて帰る支度を始めた。




会社から電車と徒歩で30分ほどのところに位置する、1Kのマンション。

革製のキーホルダーがついた家の鍵を差し込み、扉を開ける。

ヒールで走り回った足を解放してやると、一気に疲れが襲ってきた。