転校初日の朝、なかなか寝付けなくて家の前の細道を散歩する。
真夏なのに、全然暑くない。
風がちょうどいいくらいだ。

俺の家の前は少し急な坂があって、そこは車も通れないほど細い。
でも、誰にも見つからずに歩くのにはもってこいだ。

知らない街で、知らない道を歩く。
まだこの街に来てたったの二日。
自分の部屋にあるたくさんの荷物は、全然片付いていない。
ただ、全部投げ出したかった。
全部捨てて、何もない自分でやり直したかった。

忘れることの出来ない、あの思いも全部捨てて。


どれくらい、歩いただろう。
どこまで来ただろう。
石で出来た階段の最後の一段を上がると、高台に出た。
その瞬間、風が吹いた。

「うわ」
いきなり来た風に思わず目を瞑る。

「誰?」

声がした。女の子の声だった。
誰もいないと思ったのに。誰かいたなんて。
しまったな…。帰ろうか。
「ここ、気持ちがいいよ。全部を真っ白にしてくれる」
そう言った女の子は俺に背を向けて、手すりに手をついた。

わからない。
ただ、その子に引っ張られる感覚がした。
「…っ」
女の子の隣に立った俺は、目の前に広がった景色に息を飲んだ。

「あの」
やっと出た声で女の子に振り向くと、さっきまで隣にいたあの子はもういなかった。