ピーク・エンド・ラバーズ



刹那、腕を掴まれた。流石にそれは想定外で、心臓が大きく跳ねる。


「覚えてるよな? だからそう言うんだろ」

「……離してくれる?」

「俺、ずっと西本とちゃんと話したくて、」

「離してよ!」


声を張り上げ、彼の手を振り払った。触れられたところを庇うように自身の手で抑えつけてから、相手を睨む。


「“ちゃんと話したい”? 笑わせないで。私は今更、相良くんと話すことなんて何もない」


わざわざ人の傷口を抉って楽しい? ああ、そっか、楽しいんだね。だからこうやって構ってくるんだよね。
相良くんって残酷だ。人畜無害そうな顔をして、いとも簡単に心の畑を踏み荒らしてくる。

私の空気に尻込みしたのか、彼が息を呑んだ。言い返しては、こないみたいだ。
今度こそ、引き留められることも振り返ることもなく、階段を駆け下りた。

心音が近い。呼吸のリズムが定まらない。
自分が今の今までいたところはあんなに空気が重たかったのに、仕事終わりの人々が行き交う路地はまるで別次元のように明るく陽気だ。

ようやく落ち着いて息を吸えるようになり、左右を確認する。それでもメッセージの送り主の姿は見当たらなくて、おかしいな、と首を傾げた時だった。


「今の人、誰?」