リナリア

「よーし!完成!」
「ありがとうございます。」

 鏡に映っていたのはプロの技だった。自分が自分ではない。目の大きさだって、頬の色だって違う。だからといってわざとらしいほど、けばけばしくはない。
 丁度その時、部屋のドアがノックされた。

「どうぞー。」
「失礼します。」

 その声には聞き覚えがあった。

「え…な、なんで…?私が終わったら次は知春さんだって…。」
「この前梶さんに会ったから、ちょっとわがまま言ってお願いしたんだよね。ありがとうございます。」
「あ、いいのよ。郡司くんも手が空いてたし。やーっぱ似合うね、さすが伊月知春。」
「カメラあったらシャッター切りたいです。」
「さっすが名桜ちゃん。揺るがないカメラマン精神、私好きだなぁ。」
「一緒に写ろうよ。ていうかそのために着てるんだし。撮ってもらっていいですか?」
「もちろんよ。」

 知春の髪は軽く外に跳ねていて、いつもよりも子供っぽい印象になっている。役柄に合わせて変わっていた茶髪が完全に黒に染められていて、細い黒縁の眼鏡をかけている。前髪も少し長めに前に下ろしていて、確かに雰囲気が全然違っていた。

「はーい、じゃあこっち向いて。」

 カシャッと鳴ったシャッター音。上手に笑えたか自信がない。

「名桜の浴衣、可愛いね。」
「似合ってるでしょ?名桜ちゃんには薄紫が合うと思ったんだよね。」
「梶さん、さすがですね。」
「知春くんの浴衣も私が選んだのよ?やっぱり知春くんは紺。脱いでもらうの勿体ないけどねー。ちょっと似合いすぎてオーラでばれちゃう。」
「オーラなんてないんですけどね。」
「それ、無自覚なだけだからね。」

 写真を撮り終え、知春は急いで私服に着替えた。そして知春と名桜は梶と郡司にお礼を言って、スタジオを後にした。

「郡司くん?」
「はい。」
「なんか、知春くん、ちょっと変わった感じしない?」
「そうですか?」
「なんか、柔らかくなった感じ。とっつきやすくなったというか。」
「それは名桜ちゃんがいたからじゃないですか?評判いいですよね、あの二人のセット。名桜ちゃんの撮る知春くんは、いつも大人気です。」