リナリア

* * *

「よろしくお願いします。」

 5時前と言っただけはある。本当にその時間に、知春はやってきた。手にはビニール袋。

「差し入れ。…って何その顔。」
「…なんですか?」
「顔、どうしたの?」
「怪我でもしてますか?」
「怪我っていうより病んでる?」
「近いですね。」
「痩せた?」
「体重測らないんでわからないですけど。」
「牛丼。」
「え?」
「差し入れ。炭水化物。エネルギーになるだろ?」
「…ありがたすぎる…お昼食べてなかったので…。」
「俺にちゃんと食べろって言ったくせに、自分は抜くんだ?」
「…返す言葉もありません。」
「ゆっくり食べてていいよ。着替えたりメイクしたりするし。」
「あ、はい。」

 奥のメイクルームに向かう知春を目だけで見送って、名桜はありがたく牛丼に手を伸ばすことにする。いい匂いがより一層空腹を助長する。ぱかっと開けると、湯気が立った。

「美味しそう~!」

 牛丼なんて久しぶりに食べる。スタミナのつく肉と炭水化物の組み合わせなんて、今の名桜が最も必要としていたものだ。

「美味しい…。」

 つゆだくにしてくれたのか、米にも味がしっかりしみわたっていて美味しい。疲れた体が元気を取り戻していくのを感じる。やはりどんなに忙しくても食事は抜くものではないと、改めて反省する。牛丼のおかげで、今日最後の撮影も乗り越えられそうだ。
 名桜はぺろりと完食し、そのままテーブルに突っ伏した。目を閉じても誰かがくれば気配で起きるだろう、と過信して。