リナリア

「今日でいいなら、今日がいい。名桜のところのスタジオに行くよ。名桜が完全にオフになるのは何時?」
「来ていただいていいんですか?」
「うん。どこか話せる場所だけ確保してもらわないとなんだけど。」
「それは、はい!大丈夫です。えっと、5時に撮影が終わるので、それ以降でしたら大丈夫です。」
「わかった。じゃあ5時を少し過ぎたくらいには行くようにするね。」
「はい。…あの、ありがとうございます。」

 名桜からの『ありがとう』に、知春は少しだけ口元が緩み、笑みが零れた。

「それを言うならこっちだよ。…正直驚いた。こんなに早く連絡来るって思ってなかったし。」
「…そう…なんですか?」
「うん。なんなら、仕事で顔合わせない限りは名桜に会えないかもって思ってた。」
「そんなことはっ…!」
「なかった?…じゃあ、俺の考えすぎだね。…声聞けて安心しちゃった。休憩時間はちゃんと休憩してね。…じゃあ、またあとで。」
「はいっ…!よろしくお願いします!」

 名桜が切るのを待ってから、知春は静かに通話を終えた。

(…名桜の声に安心して、本音が出る。…落ちてく…。)

 名桜の声のトーンは、前のものと完全に同じであるとは言えないけれど近いものではあった。涙声でもなければつらそうな声でもなかったことが、緊張で上がった心拍数を落としてくれた。
 知春はテーブルの上に広げたルーズリーフに視線を落とした。雑誌に知春が毎月載るページができ、そこには自分の興味のあるものについて語るコーナーが設けられるという。最初のテーマを何にすべきか考えあぐねていたが、近くに置いてあったシャープペンシルを手に取り、ルーズリーフの上を滑らせた。文章にするにはまとまっていないけれど、これは1年近く興味のあるものと言っても過言ではない。

「麻倉さんにも時間があったら話を聞こうかな。」

 気持ちは確かにあって、たとえば想いが通じて返してくれるならそれに越したことはないとは思う。しかし、すぐにそうなってほしいと押し付ける気も、見込みがないなら次にという気があるわけでもなかった。だから、前のように話せるならどんな話題でも欲しかった。多少ずるくても、それしか手がないのだから許してほしい。仕事を真面目にしない、というわけではないのだから。

『カメラについて』
 ルーズリーフの一番上に書かれた文字の下に、少しだけ思い出を書き足す。

『撮影をするという立場を何度か遊びのように体験する機会があり、僕には難しくて、それでいて楽しかった。撮っていただくことが多い中で、撮ることをもっと知りたいなと思っているところです。』