リナリア

 麻倉の笑顔に勇気づけられて、知春の口元にも微かに笑みが浮かんだ。

「…普通に…は無理でも、少しでも話せるようになったらいいんですけど…。」
「あと1日あれば大丈夫って言ってたから、今日何とかするんじゃないかな。…どうやって何とかするのかはわからないけど、でも、名桜だって伊月くんと話したいはずだよ。だからあと1日、待ってあげてくれるかな。」
「も、もちろんです。待つのは全然、もっと待つというか…その、返事が欲しくて言ったわけでも…なかったかもしれないので。」
「そうなんだ?」

 『好きだ』と言ってもらえるとも、ましてや『付き合いたい』と言ってもらえるとも思っていない。そんな言葉が欲しかったのではなく、手を伸ばしてしまうのは誰でもいいからではなくて名桜だからだということを言いたかった。

「…名桜は僕をそういう目では見ていない。それはわかっていますし、それを今すぐどうこうしたかったわけではないんです。ただ…名桜だから話を聞いてもらいたいし、話を聞きたい。誰でもいいんじゃないんだよってことを、知ってもらいたかったのかもしれないなって、今なら思う…というか。」
「…真面目だね、伊月くんは。」
「そうですか?」
「うん。名桜が好きになるなら、伊月くんみたいな子がいいなぁ、僕。僕は反対なんてしないから、もしそういうことになったら隠さず教えてね?」
「…なると、いいんですけど…そんな自信はないですよ、僕。」

 この世界に入って出会った人にこんなに本音をぽろぽろ落としてしまっているのは初めてかもしれない。しかし、麻倉がずっと真摯に耳を傾けてくれるから、知春の口からはゆっくりと、そして確実に本当の気持ちが落ちていく。

「自信をもって大丈夫だと思うけどなぁ。だって僕よりも随分かっこいいし、佇まいもスマートだし、教え方が上手で頭もいいって名桜も言ってたし…パーフェクトじゃない?」
「…ないですよ。実は歌が上手くないですし、誰かと恋愛的な意味で付き合ったことがないので、どういう流れで近付けばいいのかもわかりません。この業界に来てもまだそんなに経ってないですし、ビギナー中のビギナーです。」
「経験だけはね、やってみないことには増えていかないけれど、でもそれは名桜だって同じだからさ。一緒にわからないことや悩むことを隠さずに共有できるなら、隣を歩いていけると僕は思うよ。」
「…隣を、歩く…。」
「さて、少し顔がすっきりしたかなと思うんだけど、撮影はできそうかな?」
「あ、はい!もちろんです。ありがとうございました。…少し、落ち着きました。」
「良かった。じゃあ名桜が悔しがるくらい、いい撮影にしよう。」

 そう言って麻倉が笑顔を見せる。知春も微笑みを返し、ゆっくりと立ち上がった。