リナリア

「思われたら思われた分だけ心を返す。大切な人であればあるほど。…由紀さんはよくそう言ってたね。仕事での人の繋がりも、応援してくれるファンの人の気持ちもそういう風に考える人だった。だからね、由紀さんの言葉を借りて言うなら、名桜にとって伊月くんは大切な人なんだよ。だからまだ、頭の中がごちゃごちゃしている。どんな答えが出るかはわからない。それでも、気持ちの深さを感じたから、そして相手が伊月くんだからちょっとまごついてる。少なくとも、僕はそう思うな。」

 麻倉の言葉に背中を押され、重く閉ざしていた知春の口がようやく、言葉を紡ぐために開いた。

「…ふとした時に、ちょっと声が聞きたくなったり、頭を撫でてしまったり…自分の動きが思考よりも先に出るようになってしまって。」
「うん、あるね、そういうの。そして驚いて、戒める。こら!相手は芸能人だぞ!って。」

 そう言って懐かしむように微笑む麻倉を見て、知春は問いかけた。

「麻倉さんにもそういうことが?」
「随分昔のことだけれどね。…気付いて焦る。でも、触れたい、近付きたいって思ったらもう遅いんだよね。愛と呼ばれる想いは、自覚したら一層降り積もるだけで減ってくれない。」
「減らない…です。自分が気持ちを整理するきっかけを作りたくて言ってしまったし、それが名桜を困らせるとわかっていたけれど…、止められませんでした。」
「そこまで考えなくていいんだよ。伊月くんは伊月くんの気持ちを優先していい。それにね、名桜は答えを出すと思うよ。なんていったって、由紀さんの娘だからね。」

 また、麻倉の瞳が遠くを見つめる。

「それこそ、由紀さんはもうこの世にはいないけど、でもその存在も思いも消えない。今は名桜がどんどん由紀さんに似てきてしまって、益々大切さが募るね。由紀さんに対しても、やっぱり大切で、本当にあの人が一生、僕の心には棲み続けている。遠くにはいかない。告白もね、由紀さんからだった。決めたらまっすぐで、偽りがなくて。僕は逃げてばかりだったよ。とても由紀さんに並び立つ人間であれそうになかったからね。」
「…かっこいい人、ですね。お話を伺っていると。」
「そう。かっこよくて綺麗で、可愛くて美しい。そして逞しい人。だから名桜もそうなるよ。…多分、遠くない未来に、由紀さんみたいになる。伊月くんが撮ってくれた向日葵畑の写真、昔僕が由紀さんを撮ったときのものにそっくりで驚いたんだ。あの日名桜が着ていた服は、由紀さんの服なんだよ。それが似合うくらいにいつの間にか大人に近付いて、由紀さんの面影を宿すようになった。そして、恋心を抱かれるような出会いがあって、関係が続いている。それが、僕は嬉しい。」

 麻倉が慈しむような目で知春を見た。仕事の時に見る目とは違う。優しくて、でもどこか切ない。そんな瞳の奥にはきっと、『由紀さん』がいる。それはなんとなくわかる。