リナリア

* * *

 9時を過ぎた頃、名桜のスマートフォンが鳴った。家ではすぐに気付けるように音を鳴るようにしていて、いつもならすぐに途切れる音が今日はずっと鳴っている。相手は知春だった。

「知春さん?」
『いきなり電話でごめん。寝てた?』
「いえさすがに9時は起きてますよ。今日はお疲れ様でした。」
『うん。ありがとう。…ちょっと今日は疲れた。』
「何か所か回ってたんですもんね。」
『彩羽さんはやっぱりすごいね。ずっとパワーも落ちないし、都度話すことは違うし。ってごめん、愚痴を言いたくて電話したんじゃなくて、聞きたいことがあって。』
「聞きたいこと、ですか?」

 一瞬の間のあとで、知春は口を開いた。

『卒業式の日って、仕事?』
「卒業式の日は普通に出ますよ。写真部としてもその日は卒業生の方たちの撮影にひっぱりだこなんです。」
『そんなことしてるの?』
「はい。結構恒例で、好評なんですよ。卒業式は撮影したい人でいっぱいじゃないですか。撮影しますっていうタスキをかけて立ってると、ひっきりなしに声を掛けられます。」
『そうなんだ。じゃあ名桜、卒業式の日は忙しい?』
「知春さんのことも撮影しますか?」
『えっ、あ、いや…そうじゃなくて。』
「そ、そうですよね!知春さんが普通に校庭にいたら撮影会場になっちゃいますもんね。卒業式、普通に出席されるんですか?」
『式自体は普通に出るけど、下校はほとんどの人が帰ってからってことで落ち着いたよ。それで、その下校を待つ時間というか、…ちょっとだけ、時間が欲しくて。』

 知春が珍しくぽつりぽつりと言葉を落としていく。

「時間、ですか?」
『うん。卒業式終わったら、屋上に来てもらうことってできる?』
「知春さんは卒業式が終わったら、屋上にいるんですか?」
『屋上で、最後の高校生活を眺めてようかなって思ってる。それで、最後に高校生として過ごす屋上には、…名桜にもいてほしくて。』

 声が微かに震えているような気がした。
 恋愛映画を観てしまったから、感化されているのかもしれない。『最後』という言葉が少しだけ怖い。

「…私で、いいんですか?」
『うん。名桜がいい。…っていう、俺のわがまま。言わないで後悔するより、言って断られた方がいいかなって思って、言ってみてる。』