リナリア

* * *

「やあやあお疲れ様、二人とも!」
「あー上原さんになっちゃん!意外な組み合わせ!」

 ひらひらと手を振っている彩羽と、ポカンとした表情を浮かべる知春に、名桜は小さく会釈をした。

「来てくれてたんだねー!もしかして今日初めて全部観たかな?」
「はい!…やっと観れて良かったです。」

 彩羽が名桜の前に来ると、名桜の両手をぎゅっと握ってぶんぶんと振った。先ほどまでステージに立っていた人が目の前にいるなんて、何度か経験しても慣れない。

「どうだった?精一杯の『正解としての両想い』だったんだけど。」
「…あれが両想いっていうものなら、素直に素敵だなと思いました。二人が仰っていたシーンの撮影にも立ち会いましたが、…完成版は初めて観たので…良かったです。涙も手も、優しくて幸せな時間が流れていました。」

 名桜の言葉に、彩羽はにっこり微笑んだ。そして小さく『良かった』と呟いた。そして、上原の方に向かっていく。

「上原さんは今度の仕事が一緒ですね!またお世話になります!」
「彩羽ちゃんの演技に食われないように頑張りまーす。」

 彩羽と上原の話が弾んでいるのを見て、知春がそっと名桜への距離を詰めた。

「忙しい中、来てくれてありがとね。」
「いえっ!本当は完成した時に行きたかったんですけど…予定が合わなくてずるずると…。」
「完成品、観てもらえてよかった。『両想い』、ちゃんとできてた?」
「もちろんですよ!…『両想い』は素敵でした。ああいう恋なら、きっと楽しくて嬉しい。そう思わせてくれる、知春さんの優しさがありました。」

 名桜にはまだ、『恋』も『両想い』もよくわからない。手にしたこともないし、そもそも手にできるようなものでもないのかもしれない。それでも知春と彩羽の演技の中にあった『両想い』は可愛くて優しくて、温かいものだった。もしいつか、遠い先に触れることがあったら、大事にしてみたいと思うくらいには。

「…名桜がいたからだよ。」
「え?」

 頭上から降った言葉が、小さくて上手く聞き取れず、名桜はそっと聞き返す。

「手を繋ぐのも距離を詰めるのも、握り返してくれる緊張も喜びも、名桜がいたから体験できた。だから、ちゃんと演技にできた。…ありがとう、本当に。」

 知春のまっすぐな目が、名桜を捉えた。まっすぐに見つめられることは初めてではないのに、いつもと違うようにも感じられて、名桜は次の言葉が続けられない。